ゴールデンウィークである。ゴールデンといえば、一昨年から昨年にかけてJR野田駅前の老舗ラウンジ[ゴールデン玉川]が、入居するビルごとなくなってしまった。お世話になったことはなくとも、野田近隣に在住・在勤の人のなかにはショックを受けた人も多いのではないか。
ゴールデンを地で行っていた絢爛たる外観もさることながら、まず何より耳目を集めるのは店名だろう。その店が所在していたのは、大阪市福島区玉川4丁目。地名を店名に持ってくることに、なんらの不思議はない。が、わざわざ「玉」の前に「ゴールデン」を持ってくる創造性、感性には、ある種の根性、甲斐性さえ感じられる。何しろゴールデンな玉、あるいは金のボールである。ここはきちんと反応しておかないと、日本語話者として最低限の責務を放棄しているとさえ思える。
縁あって野田に暮らすようになった僕にとっては、小学校時代に動物番組でゴールデンライオンタマリンという猿が紹介されたとき以来、いや、それ以上の衝撃だった。年末年始ともなれば界隈でも最大級、人の背丈をゆうに超える門松を鎮座させ、羽振りのいいところをPRしていたことも記憶に新しい(筆者調べ)。ひるがえって、かの珍しい猿のケースは「ゴールデン」と「タマ」の間に、百獣の王・ライオンがにらみを利かせる。過剰なまでの言語的配慮が読み取れるというものだが、ありし日のゴールデン玉川はどこふく風、駅前で重層的かつ大々的に「ゴールデン」と「玉」を語るランドマークだったのだ。
せめてもの救いは、梅田に移転した同店がなお名前を変えずに営業していることである。創業から40年以上にわたり、際どい名乗りを続けてきたことには、やはり相当の思い入れと矜持があるのだろう。ゴールデンなその心意気に最大限の敬意を評しつつ、今回はゴールデンな大阪を見ていくことにしよう。
服部イミテイション・ゴールド
日増しに気温も上がり、花見も盛りを過ぎて、ゴールデンな飲み物が恋しい季節になってきた。言わずもがな、ビールである。体型維持を目的に、醸造酒たるビールは基本的に最初の1杯にとどめることをマイルールにしている僕は、おかげさまで30半ばにしてはおなかが出ていない。遅咲きのグラムロックスターを目指すうえで、まだまだ有資格者といってもよいだろう。
ともあれ、この被写体は食品サンプルに分類されるものなのだろうか。ゴールデンな飲み物を模すのは黄色いボール紙をただ巻いて突っ込んだだけのものだ。サンプルというエクスキューズを、あくまでイミテーションということを念頭に置いても、中空構造に満たされない気持ちがふつふつと込み上げてくる。酔うに酔えない酒席のいやな記憶が、なんとはなしに想起されてくる。自分の話しかできない同業者との――余計な話はさておき、周囲を無造作に彩るすすけた造花も見逃せない。それとは対照的な屈託ない丸字で記されたPOPが、見る者の情報処理を錯乱させる。
さらに言及すべきは、ジョッキがビールではなしにハイボールのそれであるということだろう。なるほど、ハイボールも確かにゴールデンの範疇に入る飲み物だ。これがもしハイボールを表現しているというなら、先述のマイルールのご開陳はいったいなんだったのだという話になる。しかしながら、ジョッキの内側のみをコーティングするハイボールでゴールデンな酩酊ができるのか。そこのところの疑問は、最後まで解消されぬままだった。
シュッとした街に手抜かりを見つける
大阪駅から環状線の内回りに乗ると福島、野田と駅が続く。いずれも同じ福島区に位置するが、駅周辺の様子は大きく異なる。簡単にいうと、福島は若者受けする飲食店が割拠するキラキラでシュッとした街、野田はかつての西成郡野田村の雰囲気をとどめた都会のなかの「村」という印象だ。野田に暮らす者としては、いい意味で垢抜けのしない、よりよく言い表すなら落ち着いたところのある居住地の肩を持ってしまうのも仕方あるまい。
ただ、そんな野田にもウィークポイントはある。通勤・通学の時間帯を除き、環状線の列車は15分刻みでしか停車しないのだ。かような厳しい現実は近隣住民にとって周知のことであり、それを甘受したうえで「村民」にのみもたらされるローファイ特権を享受しているのだ。「野田飛ばし」の快速列車に誤って乗車し、福島の駅で鈍行を待つ――知りうる限りのご近所さんも、同様の経験をしていると伝え聞く。このゴールデンなジムの看板も、そういういたたまれないシチュエーション下で撮影したものである。
よくよく見てみてほしい。入居する商業施設の名称を。「堂島クロスーウォーク」とある。なんとも素っ頓狂な響きだ。インターネットの大海を調べてみても、「クロス」こそあれ「クロスー」は出てこない。看板業者が余計な伸ばし棒を入れてしまったことで、それがホームから否応なしに目につく高さに設置されたことで、キラキラした街の様相は一気に間の抜けたものに変わる。ケアレスミスであることは明白だ。誤字脱字が許されない仕事をしているだけに、身の引き締まる思いにさせられる。
ちなみに2024年時点において、この看板は撤去されていることを確認している。ゴールデンな街に燦然と輝くはずだったゴールデンな看板には、やはり垢抜けない要素は許されなかったようだ。
風吹けば給与相場変動制
金の価値が上昇しているらしい。その筋の人には非常にゴールデンな状況だが、こちとら相場師の素養がないので「ふ〜ん」以外の感慨を持てない。「せいぜいお気張りやす」としか言えない。ただ、あみだ池のあたりを歩いていて見かけた、この有名ラーメンチェーンの求人広告には驚かされたものだ。
ご覧の通り、風が吹けば時給が変動するシステムが採用されているのである。冗談をさておくとするなら、きっと時給は上がったのだろう。しかし、この角度で見る限りにおいては、見事なまでに十の位が削られている。時給165円以上。末尾に「以上」とあるが、あまりに心もとない。飲食業界の待遇改善が叫ばれて久しいなか、思わぬ形で姿を現した大胆な「相場変動制」。「風が吹けば桶屋が儲かる」のアンチテーゼとしてこれ以上、何を求めようか。
余談ではあるが、このラーメンチェーンには一度しか足を運んだことがない。さる放送局で報道カメラのアシスタントをしていたときのことだから、もう10年近く前の話である。記者、カメラマン、そしてアシスタント。そこには厳然たるヒエラルキーが存在しており、取材先近くで食事を摂るにあたって、カメアシの発言権は皆無に等しかった。当時は「ラーメン嫌い」の逆張りキャラで売っていたが、それでも記者やカメラマンがラーメンを所望すれば、反駁する余地などなかった。まして数あるラーメンのなかでも、特に苦手とするこってり系を標榜する店だ。おおよそゴールデンな気持ちになれずすすったラーメンの味は、ラーメン文化に一定の理解を持てるようになったいまも、思い返そうに思い返せない。