ツッコミ

初めましての方も、そうでない方もこんにちは。大阪で取材執筆業を営むとともに、散歩愛好家を自称する関根デッカオといいます。顔がでかいので「デッカオ」を名乗っているロン毛です。気がつくと10キロ以上歩いてしまうくせがあり、友人からは「そこを矯正しない限りモテない」と極めて真っ当な指摘をたまわりますが、どうにも直りそうにありません(理由はそれだけではない気もする)。

さて今回、生まれて初めて「連載」の名のもとに文章をしたためるチャンスを得ました。端的にいって、非常に浮き足立っています。この「関根デッカオの大阪彷徨報告書」では、僕が散歩の途上に見つけたあれこれを、毎回ひとつのキーワードに沿って紹介していきます。サービスの黎明期からほぼ毎日のように投稿を続けるも、頑として「正方形」「ハッシュタグなし」のスタイルを貫いてきたインスタグラムが、いよいよ収拾のつかない事態になってきたので、たいへんいい機会だととらえています。

記念すべき第1回のテーマは「テレワーク」。長引くコロナ禍、大阪の路上に花開いた実に開放的な仕事環境を紹介していきたく思います。

誘惑のリバーサイドオフィス

(大阪市此花区)

西九条から安治川の堤防沿いを東に歩いていると、唐突にオフィスチェアが捨て置かれているのを見かけた。淡い緑が周囲の景観にやたらとなじみ、不法投棄を思わせないエバーグリーンな雰囲気を演出する。リバーサイドでテレワーク――申し分ない環境に思えるが、堤防に視線をはばまれて川の流れや行き交う船の様子は望むべくもない。高さ調整でどうにかできるような、もはやそんな甘っちょろい段階にはない。運動神経に不安があるので、踏み台にするのもいまひとつ自信がない。

何よりロケーションが危険だ。僕が平素から管を巻く西九条は、アルコールの誘惑がすぐそこに迫る。具体名を挙げれば、[居酒屋グルメ せぞん]がそれである。環状線の高架下、いかにも古式ゆかしい日本の飲み屋然とした外観なのだが、なぜかシャリアピンステーキやカルパッチョが堂々のレギュラーを張る、恐るべき古参店なのだ。

串カツは5本でわずか300円、タネもでかい。1本あたりに換算すれば、おそらく府内でも最安値クラスではないか。ほかのアテも500円を超えることはそうそうない。かつてホテルで腕を磨いたと伝え聞くマスターの手になる品々は、当然うまい。酒も安い。チューハイが関根の好みを察してか甘くない。つまりは食事の邪魔をしない。総合的な見地からして、どうかしているのである(褒めている)。

そういった次第で、ここにいるようでは遅くとも18時までには仕事を撤収せねばならない。そのころには見知った顔もやってくるはずだ。無論、以降の修正対応や打ち合わせ等々は丁重にお断りせねばならない。テレワークとは、かくも難しいものなのか。

嗚呼、追憶のマルチディスプレイ

(大阪市淀川区)

続いては、新大阪の路上に放り出されたマルチディスプレイである。フェンスを隔てた向こう側は、JR西日本の車両基地。団体用の客車、事業用車などあまり見かけない車両が留め置かれていることに加え、少し視線を上げれば新幹線が高架をかすめていくとあり、鉄道趣味の人にはたまらないだろう。いや、あるいはテレワークどころの騒ぎではないかもしれない。被写体そのものは配置にくせがあるとはいえ、「リモートワーク=ラップトップ」との思い込みを是正してくれる点も見逃してはなるまい。

ところで新大阪のマルチディスプレイといえば、個人的にはどうしてもかつてのアルバイト先が思い起こされる。およそ10年ほど前、しがないバンドマンだった僕は新大阪のとあるIT企業に勤務し、アダルトサイトの管理で得た収入を活動資金に当てていた。業務内容について詳しい言及は差し控えるが、スタッフ1名につき6面ものディスプレイが用意された作業環境は、どこか製鉄所や発電所の中央制御室を思わせる何かがあり、出勤のたびに何やら大それたことをしている気分にさせられた。

千手観音もかくやという心境だったが、我々が制御していたのは見知らぬ誰かの根源的な欲求だ。座り続けの作業がたたって腰痛が加速するのは、なんとも皮肉な現実であった。ピンク色に染まる画面を前に粛々と与えられた仕事をこなす。その成果でもって楽器を購入し、自主制作のCDを世に送り出し、(未だに)在庫をだぶつかせ、めげずに化粧道具一式を揃えていたのである(すかんちの影響をモロに受けたバンドだった)。

当時の僕は阪急十三東口、ストリップ小屋の至近に位置する家賃3万円あまりのワンルーム住まい。エレベーターはなかった。雨の日ともなれば、隣人は必ずギターを持ち出して聴いたことのないバラードを歌っていた。レパートリーはその1曲のみだったものの、壁越しにもはっきり分かるやたら技巧的なギターワークには感服しきりだった。彼の音楽性を素直に取り入れていれば、僕の未来はまた違ったものになっていたかもしれない。

――テレワークから話が逸れてしまった。かのIT企業の消息こそ追えるものの、彼の現状はようとして知れない。いまも元気にしているだろうか。

新大阪にテレワークの縮図を見た

(大阪市淀川区)

こちらも新大阪だが、マルチディスプレイを発見した線路沿いよりはるかに人の往来が多い新御堂筋に面したビルの前である。このまま北へ向けて5分も直進すれば、府内でもとびきりゴージャスなサンドイッチを提供する喫茶店[男爵]に行き当たる(関根調べ)――そんな植え込みのかたわらに、ワイヤレスマウスが堂々鎮座していた。この手の写真を見せるたびに「自分で置いたんちゃうん?」との邪推を投げかけてくる人がいるが、やらせに走るのは趣味ではない。そこまで準備がいい方でもない。

それにしても、である。出張で大阪を訪れたビジネスマンの忘れ物であろうか。いかにも新大阪らしい情景と解釈することもできそうだ。次のアポイントメントまで時間がなく、追い込みのテレワークを強いられたがゆえの別れ。二度と果たされることのないペアリング。場所を選ばず働ける時代が生んだこの悲哀。落ち着いて背後に目をやれば、すっかり葉を落とした街路樹の過剰なまでの演出効果。いろいろの思いが徒党をなして去来し、思わず胸が苦しくなる。

が、その一方でやけにスケールの大きい絵に見えなくもない。屋根のない環境下、ほぼグラウンドレベルに置かれたマウスには、単なる入力機器の域を超えた万能感がみなぎるように思えるのだ。操作されているのは、むしろこちらではないか。16:9の画面などやすやすと抜け出し、どこにいても断じて逃れることのできない職責へ、我々を駆り立てようとしているのではあるまいか……!

まとめに向かうはずが、いよいよまとまらなくなってきてしまった。そういえば、マウスパッドはいつのころから廃れてしまったのだろう。

彷徨の記録

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