超生命体の偏愛図鑑

SOMAOTA さん

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ラッパー(26歳)
神奈川県出身/東京都在住

壮絶な過去は不要。村上春樹と走る、京大卒ラッパーの健康的HIPHOP論

⸺その本は?
村上春樹のエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』です。僕、とにかく文字を読んだり書いたりしていないと落ち着かないんですよ。動画よりも文字、もしくはラジオ。常にカバンに何かしら本が入っていて、これまでに2000冊くらいは読んでると思います。
その中でも村上春樹は別格で。一番好きなのは処女作の『風の歌を聴け』なんですけど、これはもう100回は読みましたね。以前、『風の歌を聴け』に出てくる「僕は二カ月の間に36匹もの大小の猫を殺した」という一節が気になりすぎて、作品中の数字すべてに丸をつけて一冊潰したことがあるんです(笑)。「この数字には何か意味があるはずだ」って妄想して。
ただ、今の自分のスタンスや生き方を形作ってくれた一冊という意味では、このエッセイなんです。春樹さんが小説家として、そしてランナーとして、どう心身を維持し、創作に向き合っているかが書かれています。

⸺その本のええところを教えてください。
「不健康や破滅=芸術」という図式を、健康的に否定してくれるところですね。HIPHOPの世界って、どうしても「不良」とか「家庭環境が壮絶」とか、そういう“訳あり”な背景が美学になりがちじゃないですか。僕も中学の屋上でサイファーしてた頃からHIPHOPは大好きなんですけど、自分自身は非合法なものには全く興味がないし、むしろ倫理観が勝っちゃうタイプで。
昔は「壮絶な人生じゃないと、えぐい作品は作れないんじゃないか」って悩んだこともありました。でも、規則正しく健康的な生活を送りながら、圧倒的な傑作を生み出している人がいる。自分もこっちだな…と気付かせてくれた一冊です。
実は、闇堕ちしかけた時期もあったんですよ。京都大学に入ったものの将来が見えなくて絶望して、休学して突然インドに行ったり、アメ村のクラブでアンダーグラウンドな世界を学んで、精神的にバッドな状態に陥ってしまった。それを救ってくれたのも本でした。大学の図書館に入り浸って、精神病理の症例を読み漁って、自己分析して自分を取り戻しました。

⸺あなたにとって本とは?
「ライナスの毛布」ですね。スヌーピーに出てくるライナスが、いつも肌身離さず持っているあの毛布。精神安定剤みたいなものです。
僕、論理的な文章より「なんでそうなったん?」っていう飛躍のある物語が好きなんです。カフカの『変身』みたいに突然人が虫になったりするような。リリックを書く時も、誰かの話やどこかで見た文章がフックになって、急に思いも寄らない物語が生まれる瞬間がある。自分の経験を書くこともあるけど、活字中毒の自分にしか書けない、活字の奥の妄想の世界を大事にしたいですね。
大阪で3年住んだシェアハウスがいつの間にか「DUCK HOUSE」というバンドになって、今もラッパーとして東京で活動している。環境は変わるけど、文字を読んで、妄想して、言葉を紡ぐという行為だけは変わらない。これからも、健康的に、誰よりもドープなリリックを書きたいと思ってます。

※取材時(2025年11月22日)の情報です
取材・撮影:トミモトリエ